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日本人を奴隷として売る者たち

昨年のクリマスの時期、大阪の被害者の討論会に行きました。
会場はマンションの一室でしたが、私はテク攻撃を受けて少し移動したりしていましたが、いつも通り的確に振動波を当ててきて、最悪の状態で早めに帰りましたが、最寄りの駅まで無理なら救急車でも呼ぼうかと思う状況でした。
最後に来られた方が、ワインを持ってこられて、ワインを飲みながら、ボルテージの高い話で、さすが大阪ですね、シナ・インド・アラブの方と渡り合えると思わされました。
ワインといえば、新橋のキャバレーで出たポルトガルの高級ワインのポルトワインは、うまいワインでした。
キャバレイと言えばバンド演奏・ホステスとのチークダンスタイム・歌い手・見世物があり、大きなソファで豪華な雰囲気でした。
1月の正月明けに銀座のキャバレイが閉店しましたし、見かけなくなりました。
熊本の資料館だったと思いますが、南蛮人のポルトガル商人が、奴隷商人として九州のキリシタン大名などから、大量の日本人を買い入れて、海外で売りさばいていました。
戦国大名の大友と島津の戦いとか九州の大名の戦闘で、女子供まで含む捕まった他の国の領民や捕虜になった戦闘員などが奴隷として売りさばかれていた。占領地の領民は敵国の戦闘員の供給源であり、売り飛ばして戦争費用にあてられた。
領民は、非戦闘員でも奴隷になるならと戦闘員なる者や、住んでいられないと九州を離れる者がいたそうです。
人がいなくなった占領地には、自国の領民を入植させたそうです。
その後、秀吉の勢力が九州におよぶようになり、奴隷禁止の沙汰がなされた。
このころになり、高麗軍、宋軍、モンゴル軍による日本侵攻により、人が住まなくなった壱岐・対馬に人が住むようになったようです。
鬼畜にも劣る非人道的な犯罪である奴隷貿易をしたポルトガルは日本立ち入り禁止になったのでした。そうか立ち入り禁止となった私のブログと同じように。
日本人を奴隷として売った多くの日本人、ポルトガル人がいるように、被害者はせせら笑う組織集団ストーカー・テクノロジー犯罪者たちに、奴隷的扱いを超える、人道に反する凶悪犯罪行為を受け続けているのです今日も。

被害者に想いをよせて。


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