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人身御供

以前、長期の車中泊の国内旅行をしたことがある。
どこに行っても、湧いてくるのである、蛆が湧くように、さすがに、動員力を誇る学会だな思ったのである。
以前のことなので、詳しいことは忘れてしまったが、私の理解の範囲の解釈になるが、阿蘇を本拠地とする鬼八部族は神武東征後、その勢力を高千穂方面にも拡大しつつあるとき、近畿地方まで勢力を拡大し樫原の地に政権を樹立したことから、神武の兄は国に凱旋帰国したところこの部族を排除するために、鬼八の部族と戦闘状態に入り、この戦いに勝利した。しかし、鬼八部族はゲリラ戦による戦いをしたが、包囲網はちじまりついに、鬼八部族は全滅し鬼八は殺され、無残に体を3つに切断され埋められた。
しかし、鬼八部族の霊力は強くいろいろと障りがおきることから、塚をを作り霊を鎮めるため、その後戦国時代まで毎年、娘を一人鬼八に差し出すことにした。鬼八塚は高千穂にありました。
もう一つ、これは戦国時代あたりのこと岩手県の水沢あたりのなのですが、今でもその姉さんの記述の神社がありました。
当時、その北のほうには大きな沼があり大蛇がすんでおり、毎年、若い娘を一人大蛇に差し出していた。
ある年、娘を差し出すことになった親は悲嘆にくれ、人買いをして代わりを探すことにし、九州から若い娘を連れてきたそうです。
沼のふちに例年どうり、娘がいる台が設けられ(台が設けられた場所は現在は農家のあるすぐ近くの田んぼでした)娘は台に載せられると、お経を唱え続けるのでした。
どのくらい時間が経過したのか、衆人看視の中、ついに大蛇が現れ娘を食べようとするのでした。
そのとき、娘は持っていた数珠を大蛇になげつけるのでした。
投げつけられた大蛇は急に元気がなくなり死んでしまったそうです。
買われて連れてこられた娘は、故郷に帰って行ったそうです。
人身御供が日本からなくなったのも、江戸に入ってからのようです。
また、現代日本に、集団ストーカー・テクノロジー犯罪被害者という、人身御供の伝統が復活してきているのでしょうか。

苦難の中にある犯罪被害者に思いを寄せて

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